大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)829号 判決

主文

本件再上告を棄却する。

理由

辯護人大道寺慶男の上告趣意第一、二點について。

憲法第二九條は、財産權の不可侵を規定すると共に「私有財産權は、正當な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」と定めている。從って、国家が私人の財産を公共の用に供するにはこれによって私人の被るべき損害を填補するに足りるだけの相當な賠償をしなければならないことは言うまでもない。しかしながら、憲法は「正當な補償」と規定しているだけであって、補償の時期についてはすこしも言明していないのであるから、補償が財産の供與と交換的に同時に履行さるべきことについては、憲法の保障するところではないと言わなければならない。もっとも、補償が財産の供與より甚しく遅れた場合には、遅延による損害をも填補する問題を生ずるであらうが、だからといって、憲法は補償の同時履行までをも保障したものと解することはできない。

食糧管理法による、いわゆる供出米については、政府から買入代金の支拂として正當な補償がなされることは公知の事実であり、再上告人もまた、その受領を認めている。たゞ本件の買入代金の支拂は供出後に行われたにすぎないのである。それが憲法違反でないことは前記の説明によって明らかであらう。されば、政府が食糧管理法に基き個人の産米を買上げるには供出と同時に代金を支拂わなければ憲法第二九條に違反するとの論旨は理由がない。そしてまた、食糧管理法違反の事実を判示するについて補償の事実を判示する必要のないことは言うまでもないのであるから、この點についても原判決は所論のように憲法に違反するものではない。なお論旨においては、原判決が民法の規定にも違反することを主張しているが、かゝる主張は憲法適否の問題ではないから、再上告の適法な理由とはならない。

よって、舊刑訴法第四四六條に從い主文の通り判決する。

以上は、沢田裁判官及び齋藤裁判官を除きその他の裁判官の一致した意見であって、沢田裁判官及び齋藤裁判官の本件に對する意見は次のとおりである。

所論憲法違反の主張は、原上告審において主張された形跡がなく從って原上告判決においてこれについて何等の判斷も存しない。されば、所論は、原上告判決に對し、その判斷が不當であることを理由とする不服申立ではなく、その後に考案された新訴に外ならない。從って、刑訴應急措置法第一七條の要件を缺き不適法たるを免れない。その理由の詳細は、當裁判所昭和二三年(れ)第一八八號同年七月八日大法廷判決(判例集第二巻八一二頁参照)及び同年(れ)第一六七號同年七月一九日大法廷判決(判例集第二巻九六二頁参照)記載のとおりである。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例